ドレミ音階と和音階の歴史

 

 

「ドレミ音階」は音響のいい(音が逃げない)石造りの大聖堂で、完成度の高い混声合唱を神に捧げるために改良を重ね精緻な音楽理論が組み立てられました。音楽の三要素を「リズム」「メロディ」「ハーモニー」としたのは、究極の完成度を目指す指向性からでしょう。

「和音階」にはさまざまな種類があり、篠笛の音階は地域で異なります。響きの悪い日本家屋では「ハーモニー」は得られず「鳴き龍現象」のような「濁り」に神秘性を感じたようです。「自然と一体になる」指向性から「天地の狭間で笛を吹く」というような笛の独奏文化が共有されました。昔から「谷を渡る笛の音(天然地形の作る余韻)」を聴くのが一番贅沢な楽しみ方と言われています。笛の独奏に限って三要素をあげるなら「音色」「間」「呼吸」になるのでしょうか。

 

 

 

●ドレミ音階のイメージ写真

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     平均律は横並び                  純正律は窓がずれます

 

 

●和音階のイメージ写真

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日本の古い音階は笛の自然な誤差に合わせています(ガタガタしていて全体に右側が低くなっていますね)

守山は「ドレミ音階の横笛」を作っていますが、神事で使われる石笛も吹くので、日本の古典音楽が大好きです。最近では雅楽の世界に心酔して「越天楽残楽三返」を笛の独奏で楽しんでいます。日本古来の音階「和音階」には、日本人の精神性がよく顕われていると感じますし、そういう笛文化を誇りに思います。

ところが時々「ドレミ音階が正しくて、そこから外れるのは間違えている」という方に出会うことがあります。残念です。

そこで、せめて谺堂のお客様には「日本古来の笛文化を理解していただけたら」と猛勉強。ドレミ音階と和音階の違いを歴史をひもときながら紹介したいと思います。

 

なにぶんWikipedia頼りの「一夜漬け」なので、これからも勉強を重ねながら少しずつ改善していきたいです。

●ドレミ音階の歴史(起源は弦楽器)

ドレミ音階を理解するキーワードは「竹の生えないヨーロッパ」「石造りの大聖堂での混声合唱」かと思います。

①ピタゴラス音律(紀元前500年ころ)日本だと縄文時代の終わりころ

竹のないヨーロッパでは弦楽器が発達しました。弦楽器では弦の長さを半分にすると正確に1オクターブ上の音、3分の2にすると「」の音程が得られます。伝説ではピタゴラスがこの原理を利用。弦の長さを3分の2、その3分の2…とくり返してドレミ音階を作ったとされています。

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ピタゴラス音律を再現してみました

弦の長さに3分の2を1回かけると「」、2回かけると「」、3回かけると「」、4回かけると「」… そして12回かけると一周して「」になります。これで1オクターブ(1200セント)を12の音階に分けたのです。

                    ※計算結果が0.5(2分の1)より小さくなる場合は2や4をかけて、数値が1.0〜0.5の間に収まるようにします

 

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3で割るので割り切れないです

 

ところがピタゴラス音律には欠点がありました。12回かけた「」は、最初の「」からずれてしまうのです。また「」や「」は和音になりにくかったのです。

①純正律(1482年)日本だと室町時代

2000年近く利用されていたピタゴラス音律でしたが、天井の高い石造りの大聖堂でパイプオルガンを伴奏に混声合唱をするようになると、「」や「」から発生する「うねり」が美しい和音を損なうとして、新しい音階が工夫されました。

 

ピタゴラス音律3分の2をかけていたところを、「」は5分の4、「ファ」は4分の3、「」は5分の3など、分母を簡単な整数にすることで、美しい和音を得られる音階にしたのです。これが純正律です。

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うねりのない純正律(平均律からは相当ずれていますね)

 

ところが純正律にも「使いにくさ」がありました。いま私たちは「アメイジンググレイス」を「」や「」、「」から演奏することができます(転調・移調)。ところが図のように純正律は「ガタガタした音階」です。転調・移調すると音程がずれてしまうのです。

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モーツァルトは転調させるために、調律を変えたピアノを4台用意したといいます。これは大変ですね。ヴァイオリンなど音程を自由自在にコントロールして、複雑な純正律での転調・移調を可能にした「歌う弦楽器」が発明されたのは関ヶ原の戦いのころです。

③平均律(1636年)日本だと江戸時代のはじめころ

純正律の「使いにくさ」から、1オクターブ(1200セント)を12等分して、自由に転調・移調できる音階「平均律」が工夫されました。平均律和音を作ると、常にわずかな「うねり」が発生するそうです。でも演奏の最初から最後まで聴こえるので、「あまり気にならない」らしいです。

でも広く支持されることはありませんでした。平均律が黄金時代を迎えるのは200年も先の話になります。

③テオバルト・ベームの近代フルート完成(1847年)日本だと幕末のころ

ここまで「ドレミ音階の歴史」はわかりましたが、ヨーロッパの笛の進化はどうだったのでしょうか? 大昔には角笛などの簡単な笛がありました。これでは「美しい和音」や「正確な半音」は不可能です。

モーツァルトのころは木製リコーダーの全盛時代でした。純正律に調律された指穴で、転調・移調に対応するために何本も用意していたのではないでしょうか。同じように6孔の指穴のあいた木製フルートもありました。どちらも正確な半音を出すのが困難で、大きなコンサートでは、もっぱら弦楽器が演奏されていたようです。

 

1847年ドイツ人のフルート奏者テオバルト・ベームが、複雑なキーシステムで正確な半音を出せる現在のフルートを完成させました。そのキーシステムを使ってクラリネットなど多くの管楽器が発明されていきます。吹奏楽の歴史のはじまりです。

ベームのフルートは、もう一つ大きな革命をもたらしました。平均律の普及です。転調・移調できない純正律ではキーを変えたフルートを12本用意しなければなりません。ところが平均律ならフルート1本で転調・移調が自由自在です。

こうして管楽器の普及と同時に平均律での演奏が広まっていったのです。

item1 テオバルト・ベーム(手にしているのは旧式の木管フルート)

 

このようにドレミ音階竹のないヨーロッパで、美しい和音を作るために進化してきました。

音楽の三要素の「リズム」「メロディ」「ハーモニー」も、「大勢で合奏する時に音をはずさないルール」としてとらえることができます。

 

 

「正しいこと」が大好きな音楽家さんたちは「純正律が正しい」「平均律じゃないとダメだ」とか論争しています。いまでも合唱の指導では純正律を推薦する場合もあるみたいですね。ただモーツァルト純正律で作曲した曲は、純正律で楽しむ方が筋が通っているように思います。

●和音階の歴史(起源は笛?)

一方、和音階を理解するキーワードは「竹があれば笛ができる」「笛の独奏を美しいと感じる文化」かと思います。

一 「ふえ」の語源は「吹く枝」

日本語の「ふえ」の語源は「吹く枝」だと言われています。それでは「吹く枝」とはなんでしょう?

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クマンバチの冬眠用の巣穴(守山コレクション)

 

写真は山で見つけた「クマンバチが冬眠するための巣穴」です。ほかにも「カミキリムシの巣立った穴」も音が出ます。どう考えても横笛です。

奈良県の葛城山麓に笛吹神社という名前の神社があります。非常に歴史の古い神社で、社伝によると崇神天皇の時代に、この土地に住む豪族が戦功をあげ「笛吹連(ふえふきのむらじ)」という名前と「天磐笛(あめのいわぶえ)」を授かったということです。

崇神天皇は「3世紀から4世紀はじめにかけて奈良盆地の南部に都を持っていた王らしい」ということです。弥生時代の終末期から古墳時代がはじまるころの話です。と言っても「そもそも社伝は信用できるのか?」など疑問もおありでしょうが、「大陸から雅楽が伝わる以前に、都の近くに笛(ふえ)を吹く集団が存在して、磐笛を吹くこともできたらしい」ということがくみとれます。

」というのは、さすがに木の枝ではなく竹で作った素朴な横笛ではないでしょうか。石笛(いわぶえ)は縄文遺跡からも出土していて、シャーマンが吹いたとされています(守山も吹きます)。

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石笛「海皇」_______

二 素朴な篠笛の作り方

20年以上前にテレビで見て衝撃を受けた篠笛の作り方です。和歌山県印南町の篠笛(祭り囃子の笛)作家さんの「」とは

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手を広げた長さ「ひとひら」を基準とした篠笛の作り方(最後に栓を詰めてから調律を確かめます)

 

 ①竹に吹口をあける

 ②吹口から「ひとひら」の位置に指穴(第七孔)をあける

 ③そこから「ひとひら」の位置に指穴(第一孔)をあける

 ④2つの指穴の間を6等分して残りの指穴(第二〜第六孔)をあける

 ⑤吹口から細かくちぎって濡らした和紙を入れ、管尻から棒で押し固めて「栓」を作る

 ⑥最後に吹きながら「栓」の量を調整して高音域の音階をそろえる

」が多いと高音域が高くなり、少ないと高音域が低くなります。祭り囃子は高音域を「ピ〜ヒャラ」吹くので、「」で音階の印象が変わります。笛を買いに来た人は、笛を吹いて「これはうちの村の音じゃない」「これはうちの村の音だ」と判断していました。

 

じつは守山、高校生の時にテレビで時代劇を見ていて、シュッとした若侍が月夜の竹やぶで居合い切り。切った竹を小刀で削って、次のシーンではもう笛を吹いていた。「うっわ〜〜っ!? 笛って簡単に作れるじゃん!!」と思ったのが笛作りの原点。

本当にこんな作り方をしているなんて信じられませんでした。

 

実際に7孔を等間隔であけると「耳慣れない音階」になって違和感があります。下の2孔を少し下げたら「さくらさくら」を演奏できる音階になりました。正倉院に伝わる笛は下の2孔が上にずれています。本当にバラバラです。

 

もっと素朴なのが同じ和歌山県の龍神村の話。いまでも秋の祭りではたくさんの人が祭り囃子を吹いています。昔龍神村では山仕事に入る前に、野草の「ゴンパチイタドリ)」で横笛を作って、木の切り株を叩く太鼓?の音に合わせて奉納演奏してから、山に入ったそうです。その「ゴンパチ笛」の再現を頼まれて作ってみました。

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下の2孔を下げて竜笛の音階にしています(所要時間は20分)

毎日大変な苦労をして竹笛を作っていますが、鼻歌まじりで片手間で作った笛が、音色が良くて気持ちいいです。

日本の笛文化トンデモナイです。

三 地域差がある篠笛音階

ひとひら」を基準に笛を作るのですから個人差地域差が出てきます。これも和歌山県の例ですが、串本の笛は細い笛、お隣の潮岬では太い笛を吹くそうです。「串本の笛は耳が痛くなる」「潮岬の笛は眠たい」という話を聞きました。

 

なぜこんなコトになったかというと、弦楽器がないのも原因ではないかと考えられます。大昔は弦楽器というと琵琶弦楽器メインで笛を作れば、笛の調律も統一されていきます。琉球民謡は三線という弦楽器がメインになるので、隣村とは笛が違うという話は聞いたことがありません。日本の山村には弦楽器がないので「調律を合わせる」という発想が生まれなかったのでしょう。

獅子舞の笛でも、野上八幡宮の笛は藤を巻いて漆を塗った出雲の神楽笛、隣町の藤白神社80すぎの名人が作った竹笛を演奏しています。

 

時代が下ると雅楽の広まりや、中世には伊勢神楽などの流行があって統一規格の竜笛神楽笛が普及していきます。それでも野上八幡宮(神楽笛)と藤白神社(竹笛)のように地域差が根強く残っているのは面白いですね。

四 篠笛音階と遊び方(篠笛で演奏できる童謡など)

篠笛音階といっても地域差が大きいのでひとまとめにはできません。しかも祭り囃子では7つあけた指穴のうち第一・四・七孔を使わないこともあるのです。7つのうち3つ使わないのも凄いです。ベームのフルートには16も指穴があるんですよ。

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どこかの祭り囃子の笛(上)と鈴木楽器製作所の唄用篠笛「童子」(プラスチック管)

 

安価で遊びやすいのがプラスチック管の唄用篠笛「童子」です。唄用篠笛を「ドレミ音階」と言って販売している人もいるみたいですが違います。大正時代に三味線の長唄に合わせて吹く笛として作られました。唄用の「」は長唄の「」。それでも普通の篠笛よりドレミ音階に近いです。

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唄用篠笛「童子」の音程(フルートの持ち方で計測したので参考記録です)

 

筒音はあまり使いません。「一 二 三 四 五 六 七」が「ドレミファソラシ」に相当します。

篠笛の音程は「純正律」のようにガタガタしています。「移調・転調」ができないので、長い「一本調子(F)」から、短い「十二本調子(E)」まで12種類あります。

 

篠笛音階(唄用ですが)の特徴は「ミが低く・ファが高い」ことです。「シも差が大きい」ですね。「」「ファ」を使わない音階にすればドレミ音階との違和感は小さくなります。2通りの音階と代表曲を紹介します。

 

律音階(ミ・シを抜く)

竹田の子守唄」「赤とんぼ」「うみ」「お正月」「(谷村新司)」など

律音階尺八の音階と同じです。鎌倉時代に中国から伝わった尺八は太くて長いので音程が安定していて、篠笛と違って高音域が低くならず、ドレミ音階と違和感のない音程です。

 

四七抜き和音階(ファ・シを抜く)

チューリップ」「」「つき」「とんぼのめがね」「めだかの学校」「かたつむり」「桃太郎」「浜千鳥」「叱られて」「砂山」「雨降りお月」「炭坑節」など

童謡の中には「春の小川」や「里の秋」のように、四七抜き和音階を使いながらサビの部分に1つ違う音程を加える曲もあります。

四七抜き和音階を横笛で吹くと両手の人差し指を閉じっぱなしなので演奏しやすいです。素早くデタラメに吹くと祭り囃子っぽくなります。

 

律音階四七抜き和音階には半音がありません。ダイナミックな印象があるので明治になって「陽旋法」と名付けられました。「田舎節音階」とも言われます。

 

日本の古い曲の中には半音を使う曲もあります。半音を使うのでしっとりした旋律になっていて、「陰旋法(都節音階)」と呼ばれます(厳密に言うとドレミ音階ではないのでミ・ファは半音にはなりません)。

 

都節和音階(ミ ファ ラ シ ドが基本 レも使います)

江戸子守唄」「さくらさくら」「うれしいひなまつり」「荒城の月」など

琉球民謡の笛では「ミ ファ ラ ラ# ド」を使います。都節和音階の「」が「ラ#」になっていますね。

 

いろいろ紹介しました。和音階の分類はかなり複雑で難しいです。もともとドレミ音階ではないものを「ドレミ」で解説するのですから深入りすればするほど混乱してしまいます。

唄用篠笛を買えば、これだけの曲を楽しめます。 …という感じにご理解していただけたら。

五 「うねり」を尊ぶ精神性

石造りの大聖堂と違って日本家屋は響きが悪いです。「美しいハーモニーに感動する」のは難しいですね。雅楽なども屋外で演奏されることが多く、越天楽」の合唱も同じメロディをみんなで歌っているだけです。

そんな日本人が面白がったのが、ヨーロッパでは蛇蝎のごとく忌み嫌われている「うねり(濁り)」の音です。代表的なのが日光東照宮相国寺(京都)で見つかった「鳴き龍現象」でしょう。板張りの床と天井があって、手を叩くと「べょん」という感じの濁った音になります(石造りの建築物が多いヨーロッパでは、街角や階段でも発生する普通の現象かと)。

琵琶の音色は「濁り」が凄いです。琴も「搔き鳴らす」と和音より濁りを感じますね。

大昔、仲哀天皇のころ、「神降ろし」の神事にはが使われていたそうです。トランス状態になるような神がかり的な琴の音色というと、美しい和音ではなく強烈な濁りだったのではないでしょうか。

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右から琵琶・竜笛・琴(女性)・笙の四重奏 「和音」はなかったでしょうね(日本画の下絵

六 天地の狭間で笛を吹く(笛の独奏を楽しむ文化)

さて「♪京の五条の橋の上♪」牛若丸が笛を吹いています。大勢の美しい女性が聴くようなライブだったでしょうか?

誰もいませんね。牛若丸は誰もいないところで笛を吹いていたのです。

下の絵は中国の故事を題材にした絵だそうですが、みなさんはどう感じますか?

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ヨーロッパにはない独奏の文化

 

「笛の音色が聴こえてきそう」「素敵」と思われた方は「和の感性」がゆたかです。

 

中世のヨーロッパで誰もいないところから笛が聴こえてきたら「ローレライだ」「セイレーンだ」「人を惑わす魔笛だ」と大変な騒ぎになってしまいます。橋の上で笛を吹いていた牛若丸(女装)なんか魔女裁判?にかけられたかもしれません。

 

日本では古来より「天地の狭間で笛を吹く」ことに「美学」を感じていたようです。湖のほとりや海辺で若者が一人笛を吹く。物陰からじっと見つめる娘の姿…  いいですね。

 

昔から笛の音色の「もっとも贅沢な楽しみ方」は「谷を渡る笛の音」と言われています。どこからともなく聴こえてくるのがえも言われぬ美しさなんでしょうね。実際に笛の音色に混入するブレスノイズなどは遠く離れた場所まで聴こえません。守山の印象では、生音より倍音成分の割合が増して聴こえる気がします。山肌の反射音になるので、空から降り注ぐように聴こえてくることもあります。「美しい音色につつまれるようだ」という方もおられます。

守山の経験では、尺八の音色が700m先まで聴こえたことがあります。篠笛なら、もっと遠くまで聴こえるでしょう。

」というのは「空気の振動」です。一人静かに笛を吹くだけで、目に見える範囲の木の葉や虫たちに「かすかな振動」が伝わっていくのです。息継ぎの間には鳥の声や風の音が耳に入ってきます。真冬に冬眠しているはずのカエルが土の下から鳴きはじめることもあるんですよ。あたかも自然が笛に応えてくれるように感じます。

穏やかな呼吸で自然を感じながら笛を吹いていると、天地と一体になったような心地よさを体験できます。呼吸はますます深くなっていき、笛の音色はどこまでも伸びやかになっていきます。

 

禅宗では尺八を吹くことを「吹禅(すいぜん)」と言います。こういう感覚が「笛の独奏」の醍醐味になります。

七 無音の音、「間」の美学

笛の独奏では西洋音楽のような「一定のリズム」や「ハーモニー」は意識しません。変わって大きな比重を占めるのが「」です。

笛を吹いていて呼吸が深まれば、そのぶん旋律が伸びやかになっていきます。自然と息を吸っている「」も長くなっていきます。尺八を演奏する知人の話では「間は、無音という音」だとして、たっぷりと「聴かせる(効かせる)」そうです。慣れないうちは「ゆっくり5つ数える」のが目安とか。

自然の中の独奏では「天地を感じる大切な時間」ですし、演奏会では「お客さんと向き合う時間」?なのかもしれません。_

実際に「ゆっくり5つ数える」ほど無音が続くと、慣れていない人は「ドギマギ」します。ちょっと不安になりかけたころに音が再開するような感じなのでしょうか(ここらへんは守山もよくわかりません)。「静寂を破るような大きな音色」というのも格好いいですし、「静寂を溶かすような、かすかな音色」というのも深い味わいがありますね。

長い「」があることによって、演奏表現がより鮮明になっている気がします。

 

間違えてはいけないのは「」は西洋音楽の「休符」とは違うということです。「休符」は演奏の「約束」なので、誰が演奏しても同じです。それに対して「」は「演出」です。曲に対する演奏者の理解や想いによって変化するものなのです。

 

守山の独り言?

「間」は「哀しさ」が育む音だと思います。「間」を理解して演出するのは元気な若者には難しいのでは? 「休符」として表現するなら、才能さえあれば小学生でも可能かもしれません。でも苦しいことや別れをたくさん経験して、泣きたくなるけど歯を食いしばって頑張っている人の方が、深い「間」に癒されたり、演出することができるような気がします。

八 「音色」「間」「呼吸」(和楽の三要素)

守山の笛への想いを書き連ねてきました。共感していただけるところが少しでもあれば嬉しいです。

守山は「越天楽残楽三返」を独奏するときは「メトロノームをはずす」ことを意識します。15分近い曲なので、演奏をはじめると「果てしない」感じがして心細いです。けれども呼吸を深めることに集中して演奏していると、リラックスしてきて演奏が伸びやかになるのを感じます。演奏を終えると本当に気持ちがいいですよ。

もともと「越天楽残楽三返」は雅楽の曲で、奉納演奏される機会が多い曲です。笛の独奏では「旋律を奉納する」というより「息(生き)を奉納する」ような感じです。最後に低音を静かに一音吹くのですが、そこには「感謝」の気持ちが込められているように思っています。

ありがたい曲です。

 

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古座川の音響のいい水田で「越天楽残楽三返」を演奏する守山

もうすこしいい写真にしたかったです

九 琉球民謡の笛

谺堂のお客様は8割が琉球民謡の関係者です(ありがたい話です)。そこで耳にする琉球民謡の話は驚くことばかり。

琉球民謡はと弦楽器の三線が主役です。笛は少し控えめに演奏されます。三線とのセッションになるので「リズム」を守らないと演奏できません。昔は篠笛風の音階の笛を吹いていたようですが、いまではドレミ音階の笛になってきています。

独奏を楽しむ」文化はないみたいです。誰だって泡盛を飲みながら唄って踊りたいのです。一人浜辺で笛を吹くような寂しいことは好まれないでしょうね。

 

ちなみに「酔っぱらって笛が吹けるようになれば一人前」だそうです。沖縄らしいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

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